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一流ホテルの「誤表記」あるいは「偽装」問題

とっても残念なニュースです。
ディズニーリゾートの3ホテルや
都内のプリンスホテルでも発覚しているので
このブログを読まれている方にも
該当された方がいるかもしれません。

「騙された」「お金を返してほしい」
ごもっともです。
一体何を信じればいいの?という気持ちになります。

でもこの事件から私は「賢い消費者」としてあるべき姿を
美容、健康ライターとして今一度考え直しました。

長文ですので、以下興味のある方だけどうぞ。

このような事件が暴走した背景には
企業の過剰な利益追求や競争によるものだけでなく
消費者リテラシーの低下もあると感じます。

消費者側の問題点は大きく5つ。

1、 誤ったブランド志向
高級ブランドバックを持ち歩く高校生の姿は見かけなくなりましたが
それでも日本人のブランド志向はまだまだ過剰で、食に対しても同様です。

例えば話題の「芝エビ」は魚屋さんさえ驚く珍しいエビで、
それがコンスタントに提供されることは信じられないと言います。
もちろん一般的な消費者は「芝エビ」など見たこともないはずです。
だからスーパーにあるブラックタイガーを「芝エビ」あるいは「車エビ」
といわれても気づくわけがありません。

「調理されていたらわからない」という言い訳も苦しい。
わかりにくくなるのは当然ですが、
本当に高級な食材の場合、
一流レストランでは調理する前に
お客様に素材を確認してもらうことも少なくありません。

しかしそもそも食材の事前チェックをしたいと思うほど
その食材に興味があってオーダーしているのでしょうか?
なんとなく珍しいから、高いから、話題だから、
高級レストランだから、という安易な理由で
オーダーしている人がどれほど多いことでしょう。
仮に食材の事前チェックがされても気づかない人は少なくないはずです。

年始になると芸能人が本当に一流かどうかをチェックするため
食材から芸術分野までの真贋を鑑定する番組があります。
あの番組を見るたびに、
多くの一流と呼ばれる芸能人が本物のワインやお肉、お魚を見分けることができないことを
面白く見ています(500円のワインと20万のワインの違いが分からなかったりするのです)。
しかしほとんどの消費者も笑えないはずです。
有名店で食べていてもレストランの雰囲気や立地、価格といった
ブランドをブランドたらしめるものに満足しているだけで
本当にその食材を咀嚼しているかは怪しいのです。

「ブランド=絶対安心、絶対間違いない」というのは大間違いです。
ブランドだから安心というところでジャッジを続けているうちに
本当に自分の好きな物、嫌いなもの、
自分に必要なものを見極める力も低下します。

実際、高級ホテルやレストランで食事をして
「ん?それほど美味しくない」と思ったことはないですか?

その感覚は間違っていないのです。

でも「ホテルだし、この価格だし……」と誤摩化して済ませる。
それでは誤表記を助長させるようなものです。

500円のワインと20万のワイン、あるいは100g500円のお肉と100g1万円のお肉、
どちらが高い方かわからないということは正直ありえます。

高いもの=美味しいものとは限らないからです。
(お肉でいえば100g500円のお肉は一般的には高級な部類です)

大事なことは、「高い、有名、一流=問題なし」という
間違ったブランド志向を取払い
自分の味覚(感覚)を大事にすることです。
安くても良い素材のものはあるし、
手間ひまかけて調理されたものであれば
金額が高かろうが安かろうが美味しいはずです。


2、味覚と食感の麻痺
私たち現代人の味覚が麻痺しているという問題もあります。
私たちのような健康や食品関連の現場にいると
「100円で食べられるものがおいしすぎる」
という言葉をよく聞きます。

100円で食べられるパン、ハンバーガー、お菓子類、肉まんなどのお惣菜……
どれもインスタントでファーストフードなのにそれなりに美味しい。
これは人口調味料、柔らかい口あたり、濃い目の味付けのなせる技です。
しかしこれに慣れてしまうと、手作りの食事には物足りなさを感じます。
あるいは歯ごたえさえ「硬い」と言い出します。

例えば、本来良い牛肉とは「歯ごたえ」と「肉の旨味」があるものです。
牛脂を注入したような安い加工肉のほうがやわらく、とろけます。
本格的に削りたての鰹節から取られた出汁は、
薄くても繊細な香りと風味、舌に広がる優しい味わいがあります。

しかしそんな歯ごたえや旨味や風味、食感よりも
安くて、食べやすくて、濃い目の味のものばかり好んで食べているうちに
私たち日本人の舌は知らぬ間に繊細な感覚を
失いつつあるのではないかと思います。
それ故、素材本来の良さや味わいに気づけないのです。

3、 食材との遠すぎる距離
そして食材との距離です。家庭菜園でもやっていれば食材がどれほどの手間がかかり
私たちの食卓まで届いているのか、ある程度想像できるでしょう。
それはそれは大変です。
プランターで育てるミニトマトでさえ難しいのです。

しかしスーパーには途切れることなく加工された食材が並びます。
最近の子どもは
「鮭が切り身のまま海で泳いでいると思っている」
という極端な例え話がニュースになったこともありましたが、
日本人は食に困らなくなり、
食材の本来の姿にも関心が持てず、
とにかく簡単に手に入るものだと思い込んでいます。

しかし食材とは「地球の恵」以外の何ものでもありません。
安定して供給されていることは奇跡に近いのです。
人類の歴史で考えれば、この安定はごくごく最近のことです。

例えば、私たちが居酒屋で食べる一般的な「たこ焼き」は
アフリカのタコと、オーストラリアの小麦粉が、中国に運ばれ、
中国のパートの方々によって形成され
日本に届けられ、作った中国人が食べることなく日本人が食べています。

こういうことはニュースにもなりません。
安い、便利、早い、というところばかりに気持ちがいって
手間やかけるべきコストを惜しんでいる結果、
こんな不思議な流れで日本人の食は供給されているのです。

食材との距離があるということは、
それだけリスクも高いはずです。
何万人もの人の手が触れているのです。
数年前の中国の冷凍ギョウザ事件のようなことは
起こっても全く不思議ではないのです。
しかし私たち日本人はお人好しで「信頼」だけで
いろんなものを簡単に口にしていることにさえ気づいていません。

4、 食事に対する敬意の低下
そもそも食事とは命を作るものです。
携帯電話のコストより高くていいのです。
でも現状は多くの人が携帯電話にかかる費用はさほど気にせず
食事のコストは極力削るという
おかしな感覚のなかで生活しています。

空腹を満たすためだけのものなら、それは餌と同じです。
何かをしながら食事をしたり、歩きながら物を食べたりするのは
まさに食事に対する敬意=「食事が本当にありがたい行為」という意識が
おそろしく低下しているからです。

「食」とは心と体を満たすもの。
これもよくいわれることですが、
「食」という漢字が現すとおり「人を良くするもの」でなければ
本当の「食」ではないのです。

5、失われたメリハリ
毎日の食事はシンプルなもので良いのです。
私が子どもの頃はレストランでの食事は「特別な日」のものでした。
(我が家が貧しかったのかもしれませんが)
普通の日を大事に積み重ね、時々ハレの日があるのです。
ハレの日は特別な食事を皆で噛み締めていただいたものです。

毎食が豪華なカタカナのレストランメニューである必要などどこにもありません。

誰もが高級レストランに行く必要も、高級ホテルで食事をする必要もないのです。

それは特別な日のために取っておくべきです。

誰もが手軽に高級を味わいたいと
過剰に贅沢を求めた結果
一流ホテルなのに「お得なバイキング」があったり
「お手頃価格」で利用できるという、おかしな現象が起こっています。

高級レストランで小さな子どもが食事中に大騒ぎをするといった場面も
本来の高級レストランのあるべき姿や食事のマナーを理解していれば
起こりえないのです。

本当に贅沢なものをバイキングやお手頃価格ででもいいから
なんとか利用したいと思う消費者の過剰な欲求は
今回のような事件の温床となります。

私たちがどのようなお金の使い方をするのか、
何にお金を使うのか、それについても考え直す必要がありそうです。
そしてこの事件と和食世界遺産登録のニュースは
日本人の食を考える良いきっかけになると感じています。
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テーマ : 日々のできごと
ジャンル : ライフ

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自己紹介

都内在住。既婚。
フリーライター
美容、健康、医療関係の取材、
ライティング。
ヨガサークルを企画しています。
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毎週月曜11時~
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